Created on October 11, 2023 by vansw
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ばいいのか、どう育てていけばいいのか、皆目見当もつきません。
いちおう教育者の端くれとして世間で通用してきた私ですが、 恥ずかしながら、ことあの子に 関してはまるで無力、無能でした。 また何より心が痛んだのは、あの子が私という人間にまった く関心を抱いてくれなかったことです。 同じ屋根の下に親子として暮らしながら、私が存在して いることなど、まるで目にも入らない風でした。 血の繋がりなど、あの子にとっては何の意味も 持たないようです。 正直言って、子易さんがうらやましく思えたこともあります。 子易さんにあ って私にないのはいったい何なのだろうと、しばしば思い悩んだものです」
話を聞きながら、私はその父親に同情の念を覚えないわけにはいかなかった。私たちはある意 味、同類なのかもしれない。考えてみれば、イエロー・サブマリンの少年が強く興味を抱いたの は、私という人間にではなく、私がかつて身を置いた街に対してだった。 私はただ通路として素 通りされただけの存在に過ぎないのかもしれない。 私を前にしていても、彼の目に映っていたの は、ただその街の光景だったのだろうか?
「お忙しいところ、 お手間を取らせてしまいました」と父親は腕時計に目をやって言った。 「こ れから警察署に寄って、 捜索をあらためてお願いしてこようと思います。 それから私たちも今一 度、心当たりの場所をいくつかまわってみることにします。もし何かお気づきになったことがあ ったら、連絡をいただきたく思います。 差し上げた名刺に、私の携帯電話の番号が印刷されてお りますので」
彼は立ち上がり、また身体をぐいとねじるようにしてコートを羽織り、私に一礼した。
「あまりお役に立てなくて申し訳ありません」と私は言った。
521 第二部