Created on October 11, 2023 by vansw

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「息子との会話の中で、あなたは彼にその架空の街の話をなさった。それ以外の事柄がそこで何 か話題にのぼりましたでしょうか?」


私は首を振った。 「いいえ、他の話題はとくに出なかったと思います。 彼が興味を抱いていた のは、その架空の街に関することだけでした」


父親は黙り込んで、更に長いあいだ思案を巡らせていた。しかしその思案は紆余曲折を経なが ら、どこにもたどり着けないようだった。私たちの目の前で茶が冷めていった。 二人とも飲み物 には手も触れなかった。やがて父親は諦めたように肩を落とし、大きく息をついた。


「私はどうやら世間では、M**に対して冷淡な父親だと思われているようです」と彼は打ち明 けるように言った。 「しかし言い訳をするつもりはありませんが、決して冷淡であったわけでは ありません。どのようにあの子と接すればいいのか、それがわからなかっただけなのです。 あの 子に近づこうと、私なりにできるだけの努力はしてみたのですが、 どのように試みても反応らし きものは返ってきません。まるで石像に向かって話しかけているような具合でした」


ちゃたく


彼は手を伸ばして湯飲みを手に取り、冷えてしまった茶を一口すすり、少し眉をひそめてから 茶托に戻した。


「そういう経験をしたのは、私にとってなにしろ初めてのことでした。 うちには三人の息子がお りますが、上の二人はごく当たり前の男の子でしたし、 学校の成績も良く、問題らしきものも起 こさず、手間はほとんどかかりませんでした。 こともなく成長し、 新しい世界を求めて都会に出 て行きました。 でもM**は彼らとは生まれつきまったく違っていました。 何かしら特別な、お そらくは貴重な資質を具えて生まれてきたことは理解できるのですが、 それを親としてどう扱え


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