Created on October 11, 2023 by vansw

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ら誰に事情を聞くこともできません。


そうこうするうちに.....このようにあの子は私たちの前から姿を消してしまいました。 夜中の うちに忽然と消え失せてしまったのです」


私は黙って彼の言葉を待った。父親は少し間を置いて話を続けた。


「そして亡くなった子易さんのあとを継いで、あなたがこの図書館の館長に就任されました。 家 内が添田さんからうかがった話によりますと、どうやらあの子はあなたという人物に少なからず 興味を惹かれていたようです。 私が知りたいのは、あなたとM**がどのような話をなさったか ということなのです。 その内容は彼が今回失踪したことと、何かしら関係があるかもしれない。 あるいは少なくとも、彼がいなくなったことについて、それが何らかのヒントを与えてくれるか 「もしれません」


いつだつ


どのように答えたものか、私は困惑した。 息子の身の上を真剣に案じている(ように見える) 父親に向かって、まったくの嘘をつくわけにはいかない。かといって事実をそのまま打ち明ける わけにもいかない。 それはあまりに入り組んでおり、社会的常識からは逸脱している。 注意深く ならなくてはならない。 何を口にするべきか、そして何を口にすべきではないか。私は意識を引 き締め、少しなりとも事実に近い言葉を探し求めた。


「私がM**くんに話したのはある種の寓話です。私はある街について語りました。それは言う なれば、架空の街です。 細部に至るまでとても綿密にリアルにこしらえられてはいるけれど、あ くまでいろんな仮説の上に成立している街です。 正確に言えば、私は直接彼にそれを語ったので はありません。私はある人にそれを語り、彼は言うなればそれを又聞きしたのです。いずれにせ


517 第二部