Created on October 11, 2023 by vansw

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すが、その内容はあくまで生活上の実際的なことに限られています。


あの子がまともに口をきく相手といえば、子易さんに限られていました。その理由はよくわか りませんが、子易さんにだけは心を開いていたようです。 そして子易さんもまた、M**のこと を我が子のようにかわいがってくれていました。 それは私たち両親にとってはありがたいことで した。そうやってあの子は、辛うじて外部の世界と接触を保っていたわけですから」


私は肯いた。父親は続けた。


きゅうせい


「息子と子易さんとの間でどのような会話がなされていたのか、それはわかりません。 私もあえ て知ろうとはしませんでした。 二人だけの間のことにしておいた方が良いのではないかと思った からです。 しかし子易さんが一昨年の秋に急逝され、その結果唯一の話し相手を失い、M* *は 再びひとりぼっちになりました。 高校にも進学せず、 この図書館に日参して黙々と本を読むだけ の日々が続きました。一


先ほども申しましたように、M* *は人並みの生活を送るのに必要とされる多くの能力は不足 していますが、 それに代わる特別な能力を持ち合わせています。 異様なばかりのスピードで次々 に書物を読破し、大量の知識を頭に詰め込んでいくのも、その特殊な能力のなせるわざなのでし ょう。しかしあの子がそのような作業を通して人生に何を求めているのか、私にはそれが理解で きないのです。 そしてそのような極端な行いが彼にとって有益なことなのか、それとも有害なこ となのか、それもわかりません。


子易さんはおそらく、そのあたりのことをある程度呑み込んでおられたのでしょう。 そして息 子のことを適切に指導されていたのかもしれません。 でも子易さんが亡くなられた今、 残念なが


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