Created on October 11, 2023 by vansw
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頭がほとんどはげ上がった長身の男だった。年齢は五十代半ばだろう、耳が上下に長く、眉毛 が太く、頑丈そうな黒縁の眼鏡をかけていた。私の見る限り、顔の造作は見事なまでに左右対称 だった。それが彼の顔立ちから受けた第一印象だった正しく左右対称であること。 背筋がま っすぐ伸びて姿勢が良く、いかにも意志が強そうだ。 オーケストラの指揮者にすると似合いそう な風貌だ。 幼稚園や学習塾の経営をしているということだが、おそらくこれまでの歳月、自信を もって様々なかたちの指揮にあたってきたのだろう。 その顔立ちには、イエロー・サブマリンの 少年と共通するところは見当たらなかった。
父親は身体をねじ曲げるようにしてオーバーコートを脱いだ。 その下はウールの格子柄の上着 に、黒いタートルネックのセーターという格好だった。 私は彼に応接セットの椅子を勧め、 彼は 青いてそこに腰を下ろした。 私は小さなテーブルをはさんで、彼の向かいの椅子に座った。
添田さんがやって来て、私たちの前にお茶を置いた。 それから一礼して部屋を出て行った。ド アが閉まると、私たちはしばし沈黙のうちに向き合っていた。私たち二人以外、部屋の中に誰も いないことを確認するかのように。 それから父親が口を開いた。
「あなたの前にここの館長をしておられた子易さんとは、長年にわたって親しくさせていただき ました。息子は以前からこの図書館に足繁く通っておりまして、子易さんにはずいぶんかわいが っていただいていたようです」
「子易さんが亡くなってしまって本当に残念でした」と私は言った。
父親は少し不思議そうな顔をして私を見た。「あなたは子易さんのことをご存じだったのです か?」
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