Created on October 11, 2023 by vansw
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少し様子を見て、それでもまだ行方がわからないようなら、またあらためて連絡してくれという 程度の対応だったようです。そのうちにどこかからひょっこり姿を見せるんじゃないか、みたい な……………」
私としては腕組みして考え込むしかなかった。
「家の人たちは朝からずっと、自宅のまわりを歩き回って彼の姿を探し、近所の人に彼を見かけ なかったかと尋ねたりしました。 でも手がかりは何ひとつ見つかりませんでした。 あの子はぴっ たり鍵のかかった家の中から、忽然と姿を消してしまったのです。 それもパジャマ姿で」
こつぜん
「いつものあのイエロー・サブマリンのパーカも、あとに残したまま?」
「ええ、 パジャマ以外の服は何ひとつなくなっていないと母親は断言しています」
少年がもし家出みたいなことをしたのであれば、彼は間違いなくイエロー・サブマリンのパー カを身につけていったはずだ。 私にはその確信があった。 そのしっかり着込まれたくたびれたパ ーカには、彼の精神を落ち着かせる何らかの機能がそなわっているようだった。 それがあとに残 されていたというのは、彼が歩いて家から出て行ったのではないことを示している。つまり彼は 夜のあいだに、 パジャマ姿のまま あるいは着衣が意味を持たないかたちで――どこかに移動 していったのだろう。あるいは運ばれていったのだろう。どこかに..... たとえば、あの高い壁に 囲まれた街に。
私は目を閉じ唇を結び、考えをまとめようとした。 しかしいろんな感情が、私の内側でそれぞ れの方向に散りぢりに吹き流されていくようだった。 ひとつにまとめることはとてもできそうに ない。
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