Created on October 11, 2023 by vansw
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翌朝、玄関の引き戸を抜けて図書館に足を踏み入れたとき、そこが以前の図書館とは別の場所 になっていることが私にはわかった。 肌に触れる空気の質が変化し、窓から差す光の色合いが見 慣れぬものとなり、様々な音の響き方が違っていた。 子易さんがそこから存在を消してしまった せいだ永遠に、完全に。 しかしそのことを知るものは、おそらく私の他にはいない。
いや、イエロー・サブマリンの少年は、あるいは知っているかもしれない。彼はいろんなこと を直感的に知りうる人間だし、また子易さんとも親しく接触していた。だから子易さんの魂がこ の世界から去っていったことを、自然に感じ取っているかもしれない。 あるいは子易さんは―― 私に対してそうしたのと同じように自分がもういなくなってしまうことを彼にじかに伝えて いるかもしれない。
しかしもし私がその少年に何かを尋ねても、それに対する答えはおそらく返ってくるまい。 彼 は基本的に自分が語りたいことを、自分が語りたいときにしか語らないし、その語法もあくまで 断片的であり、往々にして象徴的なものだ。 彼との対話が成立するのは、彼がそれを望んだとき に限られている。
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