Created on October 11, 2023 by vansw

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そうかもしれない。考えてみれば、私がそこに暮らしているときから既に、街を囲む壁は刻々


とその形状を変化させていたのだ。 まるで臓器の内壁のように。


子易さんはしばらく間を置いた。そして言った。


「ですからいずれにせよ、ああ、彼がどちら側の世界を選ぶかについて、あなたは思い悩む必要 はないのです。 あの子はあの子自身の判断で、 生き方を選び取っていきます。 ああ見えて芯の強 い子です。 自分にふさわしい世界で、 たしかに力強く生き延びていくことでしょう。 そしてあな たは、あなたの選び取られた世界で、 あなたの選んだ人生を生きていけばよろしいのです」


子易さんはもう一度胸の前で腕組みをして、私の顔をまっすぐ見た。


「あなたは既にあの子のために十分良いことをなすった。彼に新しい世界の可能性を与えたので す。 それは彼のために喜ばしいことであったと、わたくしは確信しております。 それはなんと申 しますか、 継承のようなものであるかもしれません。 ええ、そうです、 あなたがこの図書館でわ たくしの継承をなすったのと、ちょうど同じようにです」


子さんの述べたことを、自分なりに呑み込むのにいくらか時間が必要だった。 継承? イエ ロー・サブマリンの少年がいったい私の何を継承するのだろう?


子易さんは腕組みしていた両腕をほどき、膝の上に戻して言った。


「ああ、そろそろおいとましなくてはなりません。 残された時間が尽きようとしております。 わ たくしにはわたくしのための場所がありまして、そちらに移らねばなりません。 ですから、こう してあなたとお会いする機会ももうないでしょう。おそらく」



私が見ている前で子易さんの姿は少しずつ薄れ、やがて完全に消えていった。 煙が空中に吸い



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