Created on September 25, 2023 by vansw

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影を失った人間は、結果的にこちらの世界における存在を失わなくてはなりませんから」


子易さんは青いた。「はい、そのことは承知しております。 あなたはいろいろあった末に、こ ちらの世界に戻ってこられ、影を回復された。しかしあの子はあちらの世界にそっくり移行する ことを望んでいる」


「そのようです」


「おそらくはあなたもご存じのとおり、 この世界はあの子には向いておらんのです。 ここにはあ の子のための場所はないようです」


「あの子がこの世界に向いていないだろうことは、私にもある程度理解できます。しかし、だか らといってあちらの世界に移る手助けをしてやっていいものでしょうか? ひょっとしてあの子 は、あとになってから、そこにやって来たことを後悔するかもしれません。 こんなところに来な ければよかったと思うかもしれません。 なんといってもまだ十六歳ですし、今ここで人生の進路 を最終的に決定するだけの判断力を持ち合わせているかどうか、 それも疑問です」


子易さんはゆっくり一度肯いた。私の言いたいことはよくわかる、という風に。


私は言った。「あの街は一度中に入ると、そこから出るのはほぼ不可能なところです。 高い壁 にまわりを囲まれ、屈強な門衛が厳しく出入りの管理をしています。 そしてその街で暮らしてい る人々は、満ち足りた生活を送っているとはいえません。冬は寒く長く、多くの獣たちが飢えと 寒さのために死んでいきます。 そこは決して楽園ではないのです」


「でもあなたは、そちらの世界に居住することを選ばれた。 そして高い壁に囲まれた街の中で、 あなたの心が従来求めていたはずの生活を送られることになった。 あなたの影に街から出て行こ


499 第二部