Created on September 25, 2023 by vansw

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かった。彼女はあくまで彼女自身、独自の存在として私の中に静かに位置を定めていた。 自分自身に対する率直な質問 私は性的な欲望を彼女に対して抱いているのだろうか? 抱いている、と私は思う。私は健康な(たぶん健康なのだと推測する) 性欲を有する一人の男 性として、彼女に対して性的な欲望を抱いている。 それはまず間違いのないところだ。しかしそ の性欲は今のところ、コントロールしきれないほど強力なものではないし、その発露が招くかも しれない実際的な諸問題を忘れさせるほど確信に満ちたものでもない。 可能性が形態を微妙に変 化させながら、私の心のドアを穏当にノックしている、というあたりに留まっている。私の耳は そのノックの音を聞き取る。 聞き覚えのある音だ。


もっと要点を絞ろう。


私は彼女に恋をしているのか?


答えはおそらくノーだ。思うに、私はそのコーヒーショップの女性に恋してはいない。 自然な 好意を抱いてはいるけれど、それは恋とは違う。 恋をするための私の心身の機能は――相手に自 分をそっくり差し出したいと願う総合的衝動のようなものは遥か昔に燃え尽きてしまったよ うに思える。 いつか子易さんは私にこのようなことを言った。


「あなたは人生のもっとも初期の段階において、 あなたにとって最良の相手と巡り会われたので す。 巡り会ってしまった、と申すべきなのでしょうか」


それはおそらく事実だ。 これまでの人生における幾度かの苦い経験が、私にそのことを明瞭に 教示してくれた。叩き込んでくれた、というべきか。そう、私は身をもって学んだのだ・・・・・・少な からぬ授業料を支払って。できればもうそのような経験は二度としたくない。心ならずも他人を


493 第二部