Created on August 29, 2023 by vansw

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「もちろんおれだってそうです。 でもひとつ言わせてください。 あんたは外の世界にいたのが彼


女の影で、 この街にいるのが本体だと考えている。 でもどうでしょう。 実は逆なのかもしれませ んよ。ひょっとしたら外の世界にいたのが本物の彼女で、ここにいるのはその影かもしれない。 もしそうだとしたら、 この矛盾と作り話に満ちた世界に留まっていることに、どれほどの意味が あるでしょう? あんたには確信があるんですか、 この街にいる彼女が本物だという確信が」 影の言ったことについて私は考えてみた。 でも考えれば考えるほど頭は混乱していった。 「でも、そんなことがあるだろうか? 本体と影がそっくり入れ替わるなんてことが。 どちらが


本物でどちらが影か、思い違いをするなんてことが」


「あんたはしない。 おれだってしません。 あくまで本体は本体、影は影です。 でも何かの加減で ものごとが逆転しちまう場合もあるかもしれない。 作為的に入れ替えがなされる場合だってある かもしれない」


私は黙っていた。



「あんたはおれともう一度一緒になって、壁の外の世界に戻るべきだと思います。 それは、おれ がここで死にたくないってだけのことじゃありません。 あんたのためをも思って言っているんで す。 いや、嘘じゃありませんよ。いいですか、おれの目からすれば、あっちこそが本当の世界な んです。 そこでは人々はそれぞれ苦しんで歳を取り、弱って衰えて死んでいきます。 そりゃ、あ まり面白いことじゃないでしょう。 でも、 世界ってもともとそういうものじゃないですか。 そう いうのを引き受けていくのが本来の姿です。 そしておれも及ばずながらそれにおつきあいしてい ます。 時間を止めることはできないし、死んだものは永遠に死んだままです。 消えちまったもの



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