Created on September 25, 2023 by vansw

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に? 死者の魂がどれほどの能力を有しているのか、生きている私には見当もつかない。


しかしその小さな部屋には、 どれだけ見回しても子易さんの姿はなかった。 部屋の中にいるの は間違いなく私だけだ。 私は一人そこに立ち、ただ黙してオレンジ色の火を眺め、身体を温め、 時間が過ぎていく様子を見守っていた。


そのオレンジ色の火は、私の心に静かな温もりと安らぎを与えてくれた。 古代の祖先たちも洞 窟の奥でやはり同じように火を前にして、自分はこのいっとき、身を切る寒さや凶暴な獣たちの 牙から守られているのだという安心感を得ていたことだろう。 寒い夜に赤々と輝く火には、遺伝 子に深く刻み込まれた集合的記憶を呼び起こすものがあった。


少し前まで子易さんはこの部屋にいたのだ――まず間違いなく。 そしてストーブに薪を入れて 火をつけ、その火を弱すぎもせず強すぎもしないように給気を調整した。私がここにやって来る 頃には、部屋が適度に心地よくなっているように、前もって準備してくれたのだ。 そんなことを してくれる人が子易さん以外にいるはずがない。 なのに子易さん本人はここにはいない。彼はス トーブの火を残して、 どこかにいなくなってしまったのだ。


何か急に用事ができたのかもしれない。 死者にどんな急用ができるものか、私にはもちろん知 りようもないわけだが、しかしとにかく何かしらの用件が生じて、ここで私の来訪を待っている ことができなくなった。 そういうことだろうか。あるいはストーブに火をつけたところでバッ テリーが切れるように) 魂としての力が尽き、それ以上人の姿かたちをとっていられなくなった のだろうか。 人の形態をとるには、つまり幽霊としてこの世界に現れるには、かなりのエネルギ


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