Created on September 25, 2023 by vansw
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り合っている。満潮時の河口で、海の水と川の水とが上下し、前後し、入り混じるように。
風こそなかったが、たしかに夜は冷え込んでいた。昼間は二月の終わりにしてはいくぶん暖か だったが、日が暮れたあと気温が急降下したらしかった。 我々はしっかりとコートにくるまり、 顎の上までマフラーを巻いた。 そして口から白い息を吐いた。その上に字が書けそうなくらい真 っ白で堅い息だ。でも私はむしろそんな寒さを歓迎した。 それは私の内側にある混乱をいくらか 冷ましてくれた。
「今夜はなんだか、私が自分の話ばかりしていたような気がする」と彼女は歩きながら言った。 「考えてみれば、あなたは自分の話をほとんどしなかった」
「これまでのところ、とくに語るべきことの見当たらない人生だった」
「でも興味があるわ。 どういう過程を経て、今あるようなあなたができあがったのか、そういう ところが知りたい」
「それほど興味深い過程でもないよ。普通の家庭に育って、普通の仕事について、一人で静かに 暮らしてきた。ありきたりの人生だよ」
「でも、少なくとも私の目には、あなたはとてもありきたりの人のようには見えないけど」と彼 女は言った。「結婚しようと思ったことはある?」
「何度かあるよ」と私は答えた。「ぼくは普通の人間だからね。 人並みにそういう気持ちになっ たこともあった。でもそういう可能性が出てくるたびに、どうしてかうまくことが運ばなかった。 それでそのうちにだんだん同じことの繰り返しが面倒になってきたんだ」
「恋をすることが?」
485 第二部