Created on September 25, 2023 by vansw
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高校の同窓会で彼と再会し、 あっという間もなく恋に落ち、二十四歳のときに結婚した。 多く の友人たちが集まる賑やかな結婚式だった。誰もが二人の門出を温かく祝福してくれた。 それが 十年ほど前のことだ(とすると今は三十六歳、 たぶん添田さんと同じくらいの年齢だ)。
彼は大手の食品関係の会社に勤務していた。 小麦粉の輸入と加工を主な仕事とする会社だ。新 婚旅行にはバリ島に行った。そこに着いてすぐ、夫はひどい食中毒をおこし (どうやら蟹にあた ったらしかった)、執拗な下痢と嘔吐に悩まされ、旅行のあいだほとんど横になったきりという 状態だった。食事もろくにとれない。彼がベッドに突っ伏している間、彼女は一人でホテルのプ ールで泳ぎ、日本から持参した本を木陰で読んでいた。 ほかにやることもなかったから。彼女は きれいに日焼けして、彼はげっそり痩せ衰えて帰国した。 しかしそのような恵まれないスタート にもかかわらず、 結婚してしばらくは穏やかで幸福な生活が続いた。 新婚旅行での惨めな体験も、 二人の間の楽しい思い出話となった。
「どこからうまくいかなくなったのか、私にはわからない」と彼女は小さく首を振りながら言っ た。 そしてワインを一口飲んだ。「でもとにかく、いつかどこかの時点で、何か大事なものが壊 れてしまったみたいで、いろんなことが微妙にうまくいかなくなってきた。 何をやっても微妙に 食い違ってしまうの。会話は今ひとつかみ合わないし、いろんな好みや考え方も違っていること がだんだんわかってきたし、それからセックスも······うん、なんとなくわかるでしょう?」
私はやはり曖昧な相づちを打った。そしてボトルをとって、彼女のグラスにワインを注いだ。 彼女の色白の頬はワインのせいでほんのりと赤らんでいた。
「それで結局、彼が会社の同僚の女性と浮気みたいなことをして、そのことが私にばれて、離婚
481 第二部