Created on September 25, 2023 by vansw

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「ええ」と彼女は言った。「私は札幌で生まれて、そこで育った。とても平穏な家庭で、 とても 平穏に。結婚した相手は高校時代のクラスメートだったの。大学を出て銀行に就職して、 二十四 歳のときに結婚した。 最初のうちはけっこううまくいっていたと思うんだけど、でも気がついた らうまくいかなくなっていた」


「スパゲティを鍋に入れるから、時間を計っていてくれないかな」と私は言った。 「八分三十秒 経ったら教えてほしいんだ。 八分三十秒をたとえ一秒でも過ぎないように」


「わかった」 彼女はそう言って、壁の掛け時計を真剣な目で見上げた。「きっかり八分三十秒 「ね」


私は沸騰した鍋にスパゲティを入れ、木のへらでほぐすようにかき回し、それからサラダを盛 り分け、テーブルに食器をセットした。


私たちは小さな食卓を挟んで冷えたシャブリを飲み、サラダを食べ、 スパゲティを食べた。 そ して食後にコーヒーを飲んだ。デザートはなし。


誰かと食事を共にするのは、かなり久しぶりのことだった(最後に誰かと一緒に食事をとった のはいつだったろう?)。そしてそれはなかなか悪くないものだった。誰かのために食事の用意 をし、テーブルにまともな食器を並べ、気楽な会話を交わしながら夕食をとること。私たちは料 理を少しずつ口に運び、ワインのグラスを傾けながら、お互いのことを語り合った。とはいって も、私の方には語るべきことはそれほどなかったから、彼女の話が中心になった。


彼女は札幌市内にあるこぢんまりした上品な女子大学を卒業し、 地元の銀行に就職した。 そし


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