Created on September 25, 2023 by vansw
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境遇がいくぶん似通っていることで、お互いに親しみに近い感情を持てたかもしれない。 東北 の山中の小さな田舎町に、 風に吹き寄せられるようにやって来た独り身のよそ者たちだ。もとも との知り合いは一人もいない。 この先そこに根を下ろすのかどうか、それも定かではない。
家に着くと、真っ先にストーブの火をつけた。そしてコートを脱ぎ、白ワインのボトルを開け、 グラスに注いで乾杯した。
私はグラスを手に台所に立って、ちびちびとワインを味わいながら、サラダとスパゲティを作 った。彼女は興味深そうに私の作業を眺めていた。 スパゲティを茹でるための湯を鍋に沸かして いるあいだに、ニンニクを一粒薄く切り、イカとキノコをフライパンで炒める。 パセリを手早く 細かく刻む。それから小エビの殻を剥き、グレープフルーツを切り揃え、柔らかなレタスの葉と 香草を混ぜ合わせ、 オリーブオイルとレモンとマスタードを合わせて作ったドレッシングをかけ
る。
「ずいぶん手慣れているのね。 手順がいい」と彼女は感心したように言った。
「いちおう一人暮らしのベテランだからね」
「私はまだ一人暮らしの初心者だし、正直言って料理もあまり得意なほうじゃない。 掃除をする のは好きだけど。そういうのって生まれつきの性格かもね」
「何年くらい結婚していたの?」
「十年に少し届かないくらい」
「ずっと札幌で?」
479 第二部