Created on September 25, 2023 by vansw

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みようと思ったわけ。 私のことを知っている人が一人もいない場所であれば、日本国中ほんとに どこでもよかったの」


私は曖昧に相づちを打った。 何をどう言えばいいのか、よくわからなかったから。彼女は少し の間沈黙していた。 それから言った。


「それでさっきも言ったように、インターネットで検索して、この町の駅近くでコーヒーショッ プの権利が売りに出ているのを見つけたの。実際にここまで足を運んで現物を見てみて、なかな か悪くないと思った。 予想収益とか経費とかあれこれ計算をして、この店を持って働いて、私一 人くらいならとりあえず生活していけるだろうと見当をつけた。 いちおう銀行員だったから、 そ ういう計算には慣れているの。そしてまた、こんな山奥の小さな町まで来れば、誰も私を見つけ られないだろうと。 それで銀行勤めを辞めて、もらった退職金にこれまでの貯金を足して店の権 利を手に入れ、こちらに移ってきた。 誰にも転居先を教えずにね。 ありがたいことに手持ちのお 金でなんとか間に合って、借金はつくらずに済んだ」


「それはよかった」


「こんな身の上話をしたのって、ここに移ってきてからあなたが初めてよ」


「誰にも話さなかった?」


「誰にも」


「深い穴を掘って、その底に向かって洗いざらい打ち明けたこともない?」


「ないわ。 あなたはあるの?」


私はそれについて考えてみた。 「あるかもしれない」


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