Created on September 25, 2023 by vansw
475
53
六時少し過ぎに駅近くのコーヒーショップに行った。 私がそこに着いたとき、彼女は店仕舞い をしているところだった。 店内の明かりを消し、エプロンをはずし、後ろで束ねていた髪をほど き、紺色のウールのコートを着た。 仕事用のスニーカーを脱いで、短い革のブーツに履き替えた。 そうすると彼女はいつもとは違う人のように見えた。
「食事とか」と彼女はグレーのマフラーを首に巻きながら言った。
「もしおなかが減っていれば」
「おなかはかなり減っていると思う。 昼ご飯を食べる暇がなかったから」
でもどこに行って食事をすればいいのか、私には思いつけなかった。 考えてみれば、この町に 来て以来外食をしたことはほとんどなかった。そしてこれまでたまたま入った数少ない店はどれ も、とくに感心するような料理を提供してはくれなかったし、サービスも洗練性を欠いたものだ った。なんといっても山間の小さな町なのだ。ガイドブックに載るような洒落たレストランがあ るわけでもない。
どこか食事のできる適当な店を知らないかなと、私は彼女に尋ねてみた。 「この町のことはま
475 第二部