Created on August 29, 2023 by vansw
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瞬きをするんです。人の目みたいにぱちりと」
私は節目のひとつを指先でなぞってみた。 そこには材木の粗い手触りがあるだけだった。 瞬
「おれが見ていないところで素速く瞬きをします。 でもおれにはちゃんとわかるんです。そいつ らがこっそり瞬きをしていることが」
「そして君の様子をうかがっている」
「ええ。 おれが息をひきとるのを待っているんです」
私は元の位置に戻って、椅子に腰を下ろした。
「一週間のうちに心を決めて下さいな」と影は言った。 「一週間のうちなら、おれとあんたはも う一度一緒になって、 この街を出て行くことができる。 一緒になれば、おれも元気が取り戻せる でしょう。今のうちならまだね」
「でもここを出て行くことは許されないだろう。 この街に入るときに契約を結んだから」ラ 「知ってますよ。 契約によれば、この門から出て行くことはできない。となるとあとは、南の溜 まりから抜け出すしかありません。 川の東の入り口は鉄格子で塞がれていて、出て行くのは不可 能だ。残された可能性は溜まりだけです」
「南の溜まりの底には強い渦が巻いていて、そのまま地底の水路に巻き込まれる。このあいだ実 際にそれを見てきた。 あそこから生きて外に出ることは不可能だよ」
「それは嘘っぱちだと思います。 やつらはみんなを脅すために、そういうおっかない話をこしら えているだけだ。あの溜まりから壁の下をくぐれば、すぐに外の空気が吸えるはずだとおれは踏
き?
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