Created on September 25, 2023 by vansw
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つもりなんてまるでなかったのだ。しかし言葉はほとんど自動的に私の口をついて出てきた。 考 えてみれば、女性を食事に誘うなんて、ずいぶん久方ぶりのことだった。 いったい何が私にそん なことをさせたのだろう? ひょっとして彼女に心を惹かれているのだろうか?
そうかもしれない、と思う。
しかしもしそうだとして、彼女の何が自分を惹きつけるのか、それがわからない。 前からその 女性に対して漠然とした好意を抱いてはいたけれど、それはとくに何かをより親密な繋がり のようなものを求める好意というのではなかった。 毎週月曜日の昼前に、私にコーヒーとマ フィンをサーブしてくれる感じの良い三十代半ばの女性、それだけの存在だった。ほっそりとし た体つきで、一人で機敏に働いている。その微笑みには自然な温かさが込められている。
その日、彼女のどこかにとりわけ心を惹かれたからこそ、 彼女を食事に誘うことになったのだ ろう。 彼女と交わした短い会話の中の何かが、私の心を刺激したのかもしれない。 あるいは私は ただ一人でいることに疲れて、気持ちよく会話のできる一夕の相手を求めていたというだけかも しれない。でも、たぶんそれだけではあるまい。 直感のようなものがそう告げていた。
でもいずれにせよ、それは既に起こってしまったことだった。私はその場で半ば無意識的に、 ほとんど反射的に彼女を食事に誘い、彼女はそれを受けた。 考えてみれば多くのものごとはそう やって、当事者の意図や計画とは無縁に、自然に勝手に進行していくものなのかもしれない。そ して更に考えてみれば、今の私には意図や計画といったものの持ち合わせはほとんどないみたい だった。
帰り道にスーパーマーケットに寄って、一週間ぶんの食材を買い込み、帰宅するとそれを小分
471 第二部