Created on September 25, 2023 by vansw

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「でもその銀行の仕事を辞めて、ここに移ってきた」


「ずいぶんな環境の変化です」


「この町に誰か知っている人がいたの?」


「いいえ、知り合いは一人もいませんでした。 あなたと同じように単身ここにやって来たんで 「す」


「そしてこの店で働き始めた?」


「実を言うと、インターネットでこの物件を見つけたんです。 コーヒーショップが売り物として 出ていました。 何か事情があって、オーナーが早急に手放さなくてはならず、相場よりかなり安 い値段で譲りたいということでした。 それで店の権利を居抜きで買って、新しいオーナーとして ここに引っ越してきました」


「ずいぶん大胆なんだね」と私は感心して言った。 「都会での銀行勤めを辞めて、何も知らない 遠くの小さな町に一人で移ってきて、そこで商売を始めるなんて」


「いろいろと事情があったんです。ほら、このあいだの男の子も言っていたでしょう、 水曜日生 まれの子供は苦しいことだらけだって」


「あの子が言ったんじゃない。ぼくが言ったんだよ。そういう童謡の文句があるって。 あの子は 「あなたは水曜日生まれだ』って言っただけだ」


「そうだったかしら」


「あの子は基本的に事実しか言わない」


「事実しか言わない」と彼女は感心したように繰り返した。 「それってすごいことみたいですね」


469 第二部