Created on September 25, 2023 by vansw

Tags: No tags

468


「そうかもしれないけど、こんな寒い土地には不向きだ。 次の冬には新しくダウンコートを買お うと思っていたところだよ。 その方がずっと暖かくて軽いから。ここで冬を迎えたのは初めてだ から、気候のことがよくわからなくて」


「でも私、昔からなぜかダッフルコートって好きなんです。 心が惹かれます」


「そう言われるとコートも喜ぶだろうけれど」と私は言って笑った。


「ひとつのものを長く大事に使うタイプなんですか?」


「そうかもしれない」と私は言った。誰かにそんなことを言われたのは初めてだったが、言われ てみればそのとおりかもしれない。ただ買い換えるのが面倒なだけなのかもしれないが。


店には私のほかに客はいなかったし、彼女はコーヒーを作る湯が沸くのを待つあいだ、 軽い話 ができる相手を歓迎しているようだった。


「ここで冬を迎えるのが初めてだというと、もともとこの町の方じゃないんですね?」


「去年の夏にここに移ってきて、住み始めたばかりなんだ」 と私は言った。「だからこの町のこ とはほとんど何も知らない。それまではずっと東京に住んでいたから」


あの煉瓦の壁に囲まれた街に暮らしていた期間を別にすれば、ということだが......。


「こちらには、お仕事で越してらしたんですか?」


「うん、この町にたまたま仕事の口があったものだから」


「じゃあ、私と似たような境遇ですね」と彼女は言った。「私も仕事を見つけて、去年の春にこ ちらに越してきたばかりなんです。 それまでは札幌に住んでいました。 そこで銀行に勤めていた んです」


468