Created on September 25, 2023 by vansw

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続けていかなくてはならない。 それはおそらく味気を欠いた世界であるに違いない。私はその二


人に自然な好意と共感を抱くようになっていたから。


いつものように墓地からの帰り道、駅前の名前のないコーヒーショップに立ち寄った。 私はど うやら本格的に、習慣を自動的になぞって生きていく孤独な中年男になりつつあるようだ。カウ ンターのいつもの席に座って、いつものようにブラック・コーヒーを注文し、 プレーン・マフィ ンを一つ食べた(その日はいつものブルーベリー・マフィンが品切れだった)。 いつもの女性が カウンターの中からいつものように私ににっこり微笑みかけた。


スピーカーからはジャズ・ギターの音楽が小さく流れていたが、その曲名も演奏者も私にはわ からなかった。私はその音楽を聴くともなく聴きながら、熱いコーヒーで冷えた身体を温め、プ レーン・マフィンを小さくちぎって食べた。もちろんプレーン・マフィンにはプレーン・マフィ ンの良さがある。


「前々から思っていたんだけど、そのコートはずいぶん素敵ですね」と彼女が私に言った。 私は 隣の席に置いたグレーのダッフルコートに目をやった。


よろい


「このダッフルコートが?」と私は少し驚いて言った。そして読み終えた朝刊を畳んだ。 「もう 二十年くらい前から着ているものだよ。鎧みたいに重いし、デザインも昔っぽいし、おまけにそ れほど暖かくないし」


「でも素敵よ。 最近の人たちはみんな同じようなダウンコートを着ているから、そういうのが新 鮮に見えるんです」


467 第二部


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