Created on September 25, 2023 by vansw
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ぶん楽になったかもしれない。
家庭から離れたい、 この世界から出て行きたいと強く望むだけの理由が、 その少年にはあるの だ。 もし彼が突然この世界から消えてしまったなら、母親は間違いなく嘆き悲しむだろう。しか し少年のためには、母親から切り離されるのは好ましいことかもしれない。 子猫たちがある時点 で母猫から引き離され、自立していくのと同じように。 母猫は子猫を失って、しばらくはあたり を必死に探し回るが、やがて諦め忘れてしまう。 そして次のサイクルに入っていく。 それは動物 たちにとってはあくまで自然な行程なのだ。 季節が巡るのと同じように。
父親と二人の兄たちは、少年が急にどこかに消えてしまったり、あるいは亡くなってしまった りしたら、そのことでもちろん深く悲しみはするだろう。あるいは彼のことを十分気にかけなか ったことで、少なからず良心の呵責のようなものを感じるかもしれない。しかし長く嘆き悲しん でいるには、彼らは自分たちのことで忙しすぎるのではないだろうか。 また少年には友人と呼べ るような相手は一人もいない。彼はこの世界ではどこまでも孤立した存在なのだ。 彼が消えてし まっても、その空白は間を置かずに埋められてしまうことだろう。 音も立てず、たいした波紋も 広げず、とてもひっそりと。
もし仮に私がその少年の立場に置かれていたとすれば添田さんも言ったように、彼の立場 に立ってその感情を推し量るのは簡単なことではないけれど――私だっておそらく、この町に留 まるよりは、別の世界に移り住みたいと思うことだろう。
たとえば高い壁に囲まれた街に。
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