Created on September 25, 2023 by vansw

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「あなたの話だと、あの少年にとって家庭は居心地の良い場所とは言えないように聞こえます が


「M**くんが何をどう感じているか、私にはもちろん知りようがありません。 あの子が感情を 表に出すようなことはまずありませんから。 でも、そうですね、 家庭は彼にとって決して心地よ い場所とは言えないだろうと想像はできます。 自分にろくに関心を持たない父親と、かまいすぎ る母親。 そしてどちらも彼のことを真に理解はしていませんし、理解しようという姿勢も持ち合 わせていないようです」


「じゃあ、二人のお兄さんとの関係は?」


「東京に出ているお兄さんたちは、自分たちのことで精一杯っていうか、ずいぶん忙しいようで す。お若いですから、それはまあ当然のことでしょう。 故郷に戻ってくることもほとんどないみ たいですし、ましてや落ちこぼれの風変わりな弟にかかわっている余裕はなさそうです」


「だから彼は毎日、家を出てこの図書館に通い続けている。誰とも口をきかず、一心不乱に本を 「読み続けている」


「今更言い出しても詮ないことですが」、添田さんは言った。「子易さんが生きておられると良か ったのにと心から思います。 あの子は子易さんにだけは心を許していましたから。あの方が亡く なられたことは本当に残念です。 M* *くんにとっても、またこの図書館にとっても」


私は肯いた。子易さんの死は、多くの場所に深い欠落を残していったのだ。


添田さんから話を聞いて、 少年の家庭の事情がより詳しく判明したことで、私の気持ちはいく


463 第二部