Created on September 25, 2023 by vansw
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うものを。経営者としてはやり手というか、たしかに優秀なのでしょうが、でもいわゆる教育者 というタイプではなさそうです。 少なくともそのように聞いています。
M* *くんは家では本を読むことを制限されています。 本ばかり読んでいるのは不健康だから と言って、父親が本を少ししか買い与えてやらないのです。 読書にあてていい時間も厳しく限ら れています。それは彼にはかなりつらいことであるはずです。 彼にとって本を読むのは、呼吸す るのと同じくらい自然なことですから」
「母親はどうなんだろう? あの子のことをどの程度理解しているのだろう? つまり彼の持っ ている生まれつきの特殊な能力とか、普通の子供たちとは違っているところを」
「母親は私の見るところ、かなり感情的な方です。 彼のことを溺愛してはいますが、おそらくそ の本質は理解していません。 あの子の持っている特殊な能力をうまく伸ばしてやろうとか、それ を有効に活用できる場所を見つけてやろうとか、そういう気持ちはあまりないようです」
「だから手元から手放そうとはしない?」
「ええ、 実を言いますと、私は彼女に何度か提案をしました。 余計なことかもしれませんが、私 なりの意見を率直に口にしました。 彼のような子供を預かって教育する専門の施設が、全国にい くつかあるし、そういうところでなら、 彼は持ち前の才能をうまく伸ばせるかもしれない、と。 この町に留まっているかぎり、M**くんにはおそらく未来はありません。 しかしそんな理屈を 彼女の耳はいっさい受け付けません。 自分の庇護のもとでしかあの子は生き延びていけないと頭 から信じ切っています」
私は添田さんの口にしたことについて、しばらく考えを巡らせた。 そして言った。
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