Created on September 25, 2023 by vansw
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と心から望んでいる。 こちらの世界に二度と戻れなくてもかまわないと心を決めている。 こちら 側の世界には、彼を引き留めるだけの力を持つものは何ひとつ存在しない。 それははっきりして いる。 しかし彼一人の力では、その街に行き着くことはできない。 彼は私の「導き」 を必要とし ている。その街に到達する道筋を知っているのは――あるいは一度でもその道筋をたどった経験 を持つのは私一人だけだから。
しかし私はその街に行く具体的な道筋を記憶しているわけではない。かつてそこに行ったこと があるというだけのことだ。というか正確に表現すれば、私は無意識のうちにそこに連れて行か れたのだ。もう一度同じ道をたどれといわれても、その方法がわからない。
そしてもうひとつ、私に判断のつかないことがある。 それは、少年をあちらの世界に連れて行 くのが、本当に正しい行いなのかどうかという問題だ。 それはモラルとして許されることなの か? もし少年がその街の中に入っていって、 〈夢読み〉としてそこに腰を据えることになれば、 その結果彼の存在はおそらくこの現実の世界から消滅してしまうことだろう。
私は影を死なせなかったから、 そして影を壁の外に逃亡させてやったから、こちらの世界にこ うして復帰することができた(より正確に言えば送り返されたわけだし、その結果この世界に おける存在を消し去ることもなかった。 それはあくまで推測に過ぎなかったけれど、私はだんだ んそう確信するようになっていた。
しかしもし少年が自分の影を引き剥がされ、その影が命を落とすことになれば、少年の存在は こちら側の世界から永遠に、決定的に失われてしまうだろう。 添田さんによれば、彼には友だち はいないということだが、両親や兄弟たちはきっと彼がいなくなってしまったことを嘆き悲しむ
459 第二部