Created on September 25, 2023 by vansw
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「その街に行かなくてはならない」と少年は繰り返した。
「こちらの世界を離れて、壁の内側に入りたいということなんだね?」と私は言った。 少年は黙って短くきっぱり青いた。
でもその壁に囲まれた街は、言うまでもないことだが、ペパーランドとは違う。 ペパーランド はアニメーション映画のためにこしらえられた架空の理想郷だ。 そこでは美しい人々が、美しい 自然に囲まれて、美しい生活を送っている。 愉しい音楽が溢れ、カラフルな花が満ちている。 一 九六〇年代のドラッグ・カルチャーの匂いがうっすらと漂う、いっときの夢想の世界だ。 しかし 「壁に囲まれた街」はそうではない。
そこでは冬の厳しい寒さのために、獣たちが次々に飢えて命を落としていく。 そこに住む人々 は、寡黙に貧しい生活を送っている。 与えられる食事は簡素で少量で、衣服は擦り切れるまで着 古されている。書物もなく、音楽もない。 運河は干上がり、多くの工場は閉鎖されている。 人々 が暮らす共同住宅はうす暗く、傾きかけている。 犬も猫も存在しない。目にする生き物といえば、 壁を越えて行き交うことができる鳥たちくらいだ。 理想郷からはほど遠い世界だ。 少年はそのよ
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