Created on September 25, 2023 by vansw

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「その街に行かなくてはならない」


私はデスクの上で両手の指を組み、その指をしばらく意味もなく眺め、それから顔を上げて彼


に尋ねた。 「もしそちらに行けば、もうここにいられなくなるとしても?」


少年はもう一度きっぱり背いた。


私は少年が門をくぐり、 その壁に囲まれた街に入っていって、そこで生活を送る様子を、頭に 思い描いてみた。 そこはおそらく彼にとっての「ペパーランド」なのだろう。 映画『イエロー・ サブマリン』に出てくるカラフルな理想郷、 ペパーランド。 この十六歳の少年は、自分を受け入 れる余地を持たない(ように見える) この現実の世界で生き続けるよりは、そのような別の成り 立ちの世界に移行することを求めているのだ――心の底から何より真剣に。 少年と向き合って座 りながら、私はその真剣さを痛切に肌に感じずにはいられなかった。


またしばし沈黙の時間があり、 それから少年がやはり声に出して言った。


「〈古い夢〉を読む。 ぼくにはそれができる」


そして少年は自分を指さした。


「きみには〈古い夢〉を読むことができる」、私は彼の言葉を自動的に繰り返した。


「そこの図書館で〈古い夢〉を読む。 いつまでも」


楷書体で筆談をするときと同じように、ひとつひとつ言葉をきれいに区切って、少年はそう言 った。


私は黙って肯いた。


そう、この少年にならそれができるだろう。それはこの図書館で現在、彼が日々送っているの


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