Created on September 25, 2023 by vansw
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く、呪術的な要素も盛り込まれていたことだろう。
しかしやがてどこかの段階で何かが起こって――それがどんなことかはわからないけれど―― 壁はそれ独自の意思と力を持って機能するようになった。その力は、人にはもはや制御しきれな いほど強力なものになっていた。そういうことなのだろうか?」
少年はただ黙って私の顔を見ていた。イエスでもノーでもなく。 でも私は続けた。 それはあく まで推測ではあったけれど、おそらく単なる推測を超えたものだった。
「そして壁は、 すべての種類の疫病を 『魂にとっての疫病」をも含めて徹 彼らが考える 底して排除することを目的として、街とそこに住む人々を設定し直していった。いわば街を再設 定したんだ。そしてそれ自体で完結する、堅く閉鎖されたシステムを作り上げた。きみが言いた いのはそういうことなのか?」
そこで唐突にノックの音が響いた。誰かがドアをノックしていた。大きな音ではない。 乾いた 簡潔な音―現実の世界から届けられた現実の音だ。 二度、 それから少し間をあけてまた二度。 「どうぞ」と私は言った。 自分の声ではない、誰か別の人の声で。
ドアが半分開いて、添田さんが部屋の中に首を差し入れた。
「食器をお下げしにきましたが」、彼女は遠慮がちにそう言った。 「もしお邪魔じゃなければ」
「どうぞ下げてください。 ありがとう」と私は言った。
添田さんは足音を忍ばせて部屋に入ってくると、皿とカップを載せた盆を手に取り、すべてが
空になっていることを素速く確認した。そのことは彼女に、少なからず安堵を与えたようだった。
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