Created on September 25, 2023 by vansw

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「昼の時間は何をするのも自由だったけれど、あまり外には出られなかった。 昼の光はぼくの眼 を痛めたからだ。 〈夢読み〉になるには、 両眼を傷つけられる必要があり、その街に入るときに 門衛の手でその処置を受けた。だから街の正確な地図をつくれるほど、外を思うように歩き回る ことができなかったんだ。おまけに街を囲んだ煉瓦の壁は、日々少しずつその形を変化させてい くようだった。まるでぼくが地図をつくっているのをからかうようにね。 それもぼくが街の全容 をうまく把握できなかった理由のひとつだ。


壁は緻密に積み上げられた煉瓦でできている。 とても高い壁だ。 ずっと昔に積まれたものらし いけど、傷みや崩れのようなものはどこにも見当たらない。信じられないくらい丈夫にできてい る。誰もその壁を越えて外に出て行けないし、誰もその壁を越えて中に入ってはこられない。 そ ういう特別な壁なんだ」


少年はポケットから小さなメモ帳と、三色のボールペンを取り出した。 スパイラルのついた縦 長のメモ帳だ。そしてデスクの上でそこに何かを素速く書き付け、私に差し出した。私はそれを 手に取って見た。 そこには文章が一行、短く書かれていた。


疫病を防ぐため


端正な楷書体の文字だった。 手早くすらすらと書かれたはずなのに、まるで活字印刷されたも ののように見える。 そしてそこには感情というものが一切れも含まれていない。


「疫病を防ぐため」 と私は声に出して読んだ。 そして少年の顔を見ながら、その短いメッセージ


447 第二部