Created on September 25, 2023 by vansw
446
く見せることなく。 彼の目には表情というものがなかった。 時折その光の濃さが変化するだけだ。 私は言った。「ぼくは一時期その街で暮らしていた。この地図に描かれている街にね。 そこで もやはり図書館に勤めていた。しかしその図書館には一冊の本も置かれていなかった。 ただの一 冊も。かつて図書館だったところ・・・・・・と言った方が近いかもしれない。そこで与えられた仕事は、 本のかわりに書庫に積み上げられた〈古い夢〉を、毎晩ひとつひとつ読んでいくことだった。 〈古い夢〉は大きな卵のような形をしている。 そして白い埃をかぶっていた。大きさはだいたい これくらいだ」
私は両手を使ってその大きさを示した。 少年はそれをじっと見ていたが、とくに感想は述べな かった。情報として収集しただけだ。
「どれほど長くそこで暮らしていたのか、自分ではわからない。 季節は移り変わったけど、そこ に流れていた時間は季節の移り変わりとは別のものだったような気がする。いずれにせよそこで は、時間というものはまず意味を持たない。
とにかくそこに暮らしているあいだ、ぼくは毎日その図書館に通って、 〈古い夢〉を読み続け た。どれほどの数の〈古い夢〉を読んだのか、数は覚えていない。でも数はそれほど大きな問題 じゃない。というのは、古い夢はほとんど無限にあるみたいだったから。ぼくが仕事をするのは、 日が落ちてからだった。夕方に読み始め、だいたい真夜中前にその作業を終えた。 正確な時刻は わからない。その街には時計が存在しなかったから」
少年は反射的に自分の腕時計に目をやった。そしてそこに時刻が表示されていることを確認し、 また私の顔に視線を戻した。 彼にとって時間はそれなりの意味を持っているらしかった。
446