Created on September 25, 2023 by vansw
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少年は自分に向けて差し出された皿を二十秒ばかり見つめていたが、 やがて手を伸ばしてそれ を取った。そして少し考えてから、今度はフォークを使ってそれを半分に割り、皿で受けて静か に食べた。 立ったままであることを別にすれば、とても正しいテーブル・マナーで。 そして食べ 終わるとズボンのポケットからティッシュ・ペーパーを取り出して、それで口元を拭った。
私が食べる様子を見て学習したのか、それともただ私を挑発することをやめることにしたのか、 それは判断できなかった。 それから彼は空になった皿をデスクに戻し、音を立てずに静かに上品 に紅茶を飲んだ。ボールは再びこちら側に打ち返されてきたのだ。おそらく。
ブルーベリー・マフィンがなくなり、紅茶が飲み干されてしまうと、私は皿とカップと砂糖壺 を盆に載せて片付けた。そしてデスクの上をきれいにした。今ではデスクの上には、地図を収め た封筒が置かれているだけだった。 ちょうど子易さんがいつも紺色のベレー帽を置いていたあた りに。 私は部屋の中をぐるりと見回した。 ひょっとしたら、 部屋のどこかに子易さんがいるので はないかと僅かな期待を込めて。でも誰もいなかった。 この部屋にいるのはイエロー・サブマリ ンの少年(今日は違う図柄の同形のパーカを着ているが) と、この私だけだった。
「きみの描いた地図を見せてもらった」と私は言った。 そして封筒から地図を出して、それを封 筒の隣に置いた。 「とても正確に描けている。 ほとんど実物のとおりだ。感心した…..…というか、 正直言って驚いたよ。ぼくがほとんどというのは、本当の正確な形をぼく自身が知らないからだ。 だからそれはもちろんきみのせいじゃない」
少年は眼鏡越しに私の顔をまっすぐ見ていた。 ときどき瞬きをする以外に表情の動きをまった
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445 第二部