Created on August 29, 2023 by vansw

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かたまり まだら


我々は溜まりから十分距離を取って、 草地の上に持参した毛布を敷き、そこに腰を下ろす。 水 筒の水を飲み、 君が袋に入れて持ってきたパンを無言のうちにかじる。 距離を置いたところから 見る限り、あたりの風景は平和そのものだ。 白い雪の塊を斑に残した草原が広がり、それに囲ま れるように、波紋ひとつない鏡のような溜まりの水面がある。 その向こうに無骨な石灰岩の岩山 があり、岩山の上に南の壁がそびえている。 溜まりが断続的に発する不揃いな息遣いを別にすれ ば、あたりは物音ひとつしない。鳥たちの姿も見かけなかった。 壁を越えて自由に行き来する鳥 たちさえ、この溜まりの上空を横切ることを避けるのかもしれない。


この溜まりの先には外の世界がある、と私は思う。自分がそこに飛び込むところを想像する。 そうすれば私は流れに吸い込まれて壁の下をくぐり、外の世界に出ることができる。 しかしその 先にあるのは石灰岩の荒野の地底、暗黒の世界だ。 生きて地上に出ることはかなわないだろう 街の人々が語る話をそのまま信じるなら。


「本当のことよ」と君は言う。私の心を読んだように。 「光のない、恐ろしい地底の世界。 そこ に住んでいるのは目のない魚たちだけ」


高熱を出したときに看病をしてくれた脚の悪い老人温泉の宿屋で美しい女性の幽霊を見た 旧軍人が立ち寄って、私の影に関する情報を教えてくれた。具合があまり良くないようだ、 と彼は言った。


「用件があって門衛の小屋まで行ったんだが、あんたの影は食欲をすっかりなくして、口に入れ たものもあらかた吐いてしまうということだ。この三日ほど、外に作業に出ることもできなくな


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