Created on September 25, 2023 by vansw
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五分後にドアが再びノックされ、添田さんに付き添われて 「ジェレミー・ヒラリー・ブーブ博 「士」のパーカを着た少年がそろそろと中に入ってきた。 励ましを与えるように彼の肩に軽く手を 置いてから、添田さんは部屋を出て行った。ドアが背後で音を立てて閉まると、少年の表情は一 段階より堅くこわばったみたいだった。 まるで彼の周りで空気圧がいくらか高まったみたいに。 たぶん添田さんがそばにいると、気持ちが落ち着くのだろう。私と二人きりになることにはまだ 馴れていない。しかし何らかの理由があって(それがどんな理由だかまだわからないが)、私と 接触することを必要としている。だからこそわざわざここに会いに来たのだ。おそらく。 「やあ」と私は少年に声をかけた。
少年は反応を示さなかった。
「ここに来て座ったら」と私は彼に言って、 デスクの前の椅子を指さした。
彼は少し考えてから、用心深い猫のように慎重な足取りでデスクの近くにやって来たが、示さ れた椅子にはちらりと目をやっただけで、腰は下ろさなかった。 デスクの横にじっと立ったまま だ。 背筋を伸ばし、しっかり顎を引いて。
あるいはその椅子が気に入らないのかもしれない。 それとも椅子に座るところまでは私に気を 許していない、という意思表示なのかもしれない。 どちらにせよ、もし立っていた方が気が楽な のであれば、立っていればいい。私はそのことはとくに気にとめなかった。
少年はそこに立ったまま何も言わず、 デスクの上に置かれた大判封筒を見つめていた。 彼の描 いた街の地図が収められた封筒だ。それが私のデスクの上に置いてあることが、彼の注意を惹き
439 第二部