Created on September 25, 2023 by vansw

Tags: No tags

438


すぐ上に立て、彼女は慎重に歩を運んでいた。 どこかに向けてほとんど一直線に。 真冬の凍てつ いた大地は、彼女の四本の足には冷たすぎるようで、その歩みはいかにも痛々しく見えた。 私は 彼女が視界から姿を消してしまうまで、 そのほっそりした優美な姿を目で追っていた。 それから 窓を閉め、デスクの前に座ってやりかけていた仕事を続けた。


正午の少し前に添田さんが遠慮がちにドアをノックした。


「今、ちょっとよろしいですか?」と彼女が尋ねた。


もちろん、と私は言った。


「実は、 M * *くんが、 こちらにうかがいたいと言ってきたのですが」と添田さんは言った。


「かまわないよ」と私はすぐに言った。 「通してあげてください」


添田さんは軽く目を細め、肯いた。


「できたら紅茶を二人ぶんもらえないかな。 それから、これも温めてほしいんだけど」と私は言 って、ふたつのブルーベリー・マフィンが入った紙袋を彼女に手渡した。


「マフィンですね」、添田さんは中をのぞいて言った。 眼鏡の奥で目がきらりと光った。


「ブルーベリー・マフィン。昨日買ったものだけど、電子レンジで少し温めれば、まだじゅうぶ んおいしいと思う」


添田さんはその紙袋を持って戸口に向かった。 「まず彼をここに連れてきて、そのあとで紅茶 とマフィンをお持ちします」


「ありがとう」


438