Created on September 25, 2023 by vansw
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図を封筒に戻した。 少なくとも少年は私の発したメッセージに反応してきたのだ。 相手のコート に打ったボールは、ネットを越えてこちらにまた打ち返されてきた。 それはひとつの進展だった。 意味を含んだ、おそらくは好ましい進展だ。
私は持ち帰り用にブルーベリー・マフィンを二つ買って、紙袋に入れてもらった。 レジで勘定 を済ませているときに、カウンターの中の女性が私に言った。
「なんだか気になっちゃうんだけど、 水曜日生まれの子供たちがみんな苦しいことだらけって、 そんなことはまさかありませんよね?」
「大丈夫、そんなことはないと思うよ」と私は言った。確実な保証はできないが、たぶん。
翌日の火曜日の朝、少年は図書館に姿を見せた。その日の彼は、いつもの「黄色い潜水艦」の 絵のついた緑色のパーカではなく、 「ジェレミー・ヒラリー・ブーブ博士」 の絵のついた薄茶色 のパーカを着ていた。 「潜水艦」の方はたぶん母親の手で洗濯に回されており、それが乾くまで の間、彼は代用品を着ることになる。しかし着ている服が異なっても、彼の行動パターンには寸 分も変化はなかった。 閲覧室のいつもと同じ窓際の席に陣取り、 そこで脇目も振らず本を読んで いた。その姿は、満開の花の蜜を一滴残らず飲み干そうとしている蝶の姿を私に思い起こさせた。 それは花にとっても蝶にとっても、互いに有益な行為なのだ。蝶は栄養を得て、花は交配を助け てもらう。 共存共栄、 誰も傷つかない。 それは読書という行為の優れた点のひとつだ。
私はその日は半地下の部屋ではなく、二階の正規の館長室で仕事をしていた。 小さなガススト ーブだけでは部屋は十分に暖かくならないが、久しぶりに雲が切れて太陽が顔を出した日だった
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