Created on September 25, 2023 by vansw
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たけど、それって本当のこと?」
「ただの古い童謡の文句だから、気にすることはないよ」と私は言った。自分がいつか添田さん
に言われたとおりに。
彼女はそこでふと思い出したように、ソフト・ジーンズのポケットから赤いプラスティック・ ケースに入った携帯電話を取りだし、細い指を器用に使って、 素速く画面をタッチしていたが、 やがて顔を上げて感心したように言った。
「うーん、あってるわ。 私の誕生日は本当に水曜日でした。 間違いなく」
私は黙っていた。そう、 もちろん水曜日に決まっている。 イエロー・サブマリンの少年が計 算を間違えるわけがないのだ。 確認するまでもない。 しかし自分の誕生日が何曜日だったのか、 グーグルを使って調べれば、今では十秒もかからず誰にでも簡単にわかってしまうのだ。 少年は それをたった一秒で言い当てることができるわけだが、西部劇のガンファイトではあるまいし、 十秒と一秒との間にどれほどの実利的な差があるだろう? 私は少年のために、少しばかり淋し く思った。 この世界は日々便利に、そして非ロマンティックな場所になっていく。
コーヒーのお代わりを飲みながら、少年にもらった封筒を開けてみた。 中には予想したとおり 一枚の地図が入っていた。 それ以外には何も入っていない。前と同じA4サイズのタイプ用紙、 同じ黒いボールペンで描かれた地図だ。 高い壁に囲まれた、腎臓に似たかたちをした街の地図。 ただし私が数日前に指摘した七つほどの間違った点は、すべて描き直されていた。そこに表記さ れた情報は、より詳細で正確なものになっていた。いわば「改訂版」の街の地図だった。 私は地
435 第二部