Created on September 25, 2023 by vansw
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それから四日間、イエロー・サブマリンの少年は図書館に姿を見せなかった。 彼の姿を欠いた 図書館の閲覧室は、いつもの落ち着きを失っているように感じられた。 あるいは落ち着きを失っ ていたのは、私自身なのかもしれないが。 その四日間のあいだ、私はおおかた一人で半地下の真 四角な部屋にこもり、少年の描いた街の地図を眺めながらあてもない夢想のうちに時間を過ごし た。
地図は私に、あちら側の世界で私が目にしたひとつひとつの情 驚くほど鮮やかに思い起 こさせた。 特殊な幻視装置のように、その地図は私の記憶を活性化させ、細部を精密に立体的に 掘り起こしていった。吸い込んだ空気の質感や、そこに漂っていた微かな匂いまで鮮明に思い出 すことができた。 今実際目の前にあるもののように。
本当にシンプルに描かれた地図だったが、どうやらその地図には何かしら特殊な力が具わって いるらしかった。私はその四日間、部屋に一人でこもり、地図を前にここではない世界を彷徨っ ていた。自分がどちらの世界に属しているのか、 次第にわからなくなってしまうくらい深く、 私 はその幻視装置 (のようなもの)にはまり込んでいた。 純粋な幻想を求めて阿片を常用する十八 世紀の耽美的な詩人のように。 私が手にしているのは、一枚の薄いA4用紙にボールペンらしき もので描かれた、簡単な地図に過ぎなかったのだが。
イエロー・サブマリンの少年はいったい何のためにこの地図を作成し、私のもとに送り届けた のだろう?目的はどこにあるのだろう? あるいはそれは目的など持ち合わせない、純粋な行 為のための行為なのか(そう、生年月日を尋ねて、その曜日を人々に教えてまわるのと同じよう
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