Created on September 25, 2023 by vansw
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子易さんの墓に向けて語りかける話を聞き取り、そこで収集した「壁に囲まれた街」について の情報をもとに、街の地図を描き上げたということだ。 あるいは彼は読唇術を心得ているのかも しれない。 それが私に思いつけるある程度筋の通った推論だった。
しかしそんなことが果たして可能だろうか? 私が墓地で語った話は、独り言のように途切れ 途切れなものだ。思い出すまま思いつくままにばらばらな順序で語られたもので、ひとつの事柄 から次の事柄に、ひとつの情景から次の情景に、とりとめもなく話が飛び移っている。そのよう な脈絡を欠いた断片的な情報を、彼はジグソーパズルを組み立てるようにまとめあげ、地図の形 にしたのだろうか?
もしそうだとしたら、彼は視覚的な写真記憶だけにとどまらず、聴覚的にも特異な能力を発揮 できることになる。 私の記憶によればサヴァン症候群には、 一度耳にした音楽を、それがどれほ ど長い複雑な曲であっても、そのまま一音も違えず正確に再現できる -演奏したり写譜したり できる人々も含まれていた。 アマデウス・モーツァルトもその一人だったと言われている。
私はたしかに子易さんの墓に向けて、壁に囲まれた街の話をしたが、 具体的にそこでどんな話 をしたのか、それについてどのような描写をおこなったのか、あとになるとその内容はほとんど 思い出せなかった。 私はいつか見た鮮明な夢の中身を思い出して語るように、というかむしろ、 その夢をもう一度実際にくぐり抜けるように、その街について語ったのだ。思い出すままに、 半 ば無意識に近い状態で。
たとえば私はそこで、針のない時計台について語っただろうか? おそらく語ったのだろう、 少年の地図にはちゃんとその時計台の図が描き込まれていたから。 そしてその時計台は、走り書
419 第二部