Created on September 25, 2023 by vansw

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4の用紙が一枚か二枚入っているだけだろう。 封筒自体には何も書かれていない。 宛名も差出人 も。その軽さが奇妙に私を緊張させた。


手紙?いや、違うな。 通常の手紙なら、折り畳んでもっと小さな封筒に入れるはずだ。


「あの子は長いあいだこの図書館に通ってきていますが、 こんなことをするのは初めてです」と 添田さんは言葉を強調するようにぎゅっと目を細めて言った。 「つまり誰かに向けて、自分から 何かを送るというようなことは」


「彼は今もまだ図書館にいるのかな?」


「いいえ、その封筒を私にことづけると、そのまま帰っていきました」


「これを私に手渡してくれとだけ言ったんだね?」


「それだけです。ほかには何ひとつ口にしませんでした」


「正確にはどう言ったんだろう? 「新しい図書館長にこれを渡してください」とか?」


「いいえ、彼はあなたの名前を知っていました」


私は添田さんに礼を言い、彼女は若草色のフレア・スカートの裾を翻して、自分の持ち場に引 き上げていった。 彼女の健康的なふくらはぎが私の網膜に残った。


それからしばらく、その封筒を机の上に載せたままにしておいた。すぐさま開封する気持ちに なれなかったからだ。 そうするには心の準備が必要だ――そんな気がした。 どうしてそんな準備 が必要なのか、それはどのような種類の準備であるべきなのか、説明はできない。でもすぐには 開けない方がいい、しばらくそこにそのまま放置しておいた方がいい。 熱を持ちすぎたものを冷 ますみたいに。 本能があくまでさりげなく、私にそのように教えていた。


すそ ひるがえ


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