Created on September 25, 2023 by vansw
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私は小さく何度か首を横に振った。そしてそのまま自室に戻った。
私たちはそれっきり子易さんの話はしなかったが、彼女のそのときの口調や顔つきから、私に は理解できた。添田さんもまた私と同様、子易さんの今までにない長きにわたる不在を――かつ ての図書館長の魂が図書館への日常的な訪問をやめてしまったことを寂しく感じていること が。 私と添田さんは、子易さんという「不在の存在」を間に挟んで、秘密を共有する共謀者のよ うな関係になっていた。
そんなある日の午後、 半地下の正方形の部屋で仕事をしている私のところに添田さんがやって 来た。 ドアが小さくノックされ、私が「どうぞ」と声をかけると、彼女は中に入ってきた。 手に 事務用の大判封筒を持って。 そしてその封筒を机の上に置いた。
「M**くんからの預かり物です。 先ほど、 あなたに手渡してくれと言われて、この封筒を受け 取りました」
M**というのは「イエロー・サブマリンの少年」の名前だ。
「私に?」
添田さんは青い。 「何かとても大事なもののようです。 目つきがいつになく真剣でしたから」 「いったいなんだろう?」
添田さんはわからないというように小さく首を傾げた。彼女のかけた眼鏡の縁が光を受けてき らりと光った。
私は封筒を手に取ってみた。 とても軽かった。ほとんど重さを持たないほどだ。おそらくはA
415 第二部