Created on September 25, 2023 by vansw
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子易さんの姿を見かけなくなってから、もう四週間近くが経過していた。これほど長い期間、 彼の顔を見ないのは初めてのことだった。
「わたくしの魂がこのような姿かたちをとることができるのは、あくまで一時的な現象でありま す。やがてそのうちに、すべては消えてなくなります」といった意味のことを子易さんはいつか 語っていた。彼の魂はその「一時的な」期間を経過して、もうどこかに消え失せてしまったのか もしれない。無の中に吸い込まれて、 二度と地上には戻ってこないのかもしれない。
そう思うと切ない気持ちになった。 大事な友人を事故で突然失ってしまったときのような気持 ちだ。しかしよく考えてみれば、最初に出会った時点から子易さんは既にこの世を去っていた人 だった。要するに「死者」だった。 もし彼の魂がここで(あらためて) 永遠に消滅してしまった のだとしても、それは結局のところ、既に死んだ者がもう一段階深く死んでいったというだけの ことではないか。
しかしそのことは私に、生きた誰かを失ったときとは少し違う、形而上的と言ってもいいよう な不思議に静かな悲しみをもたらした。 その悲しみには痛みはない。 ただ純粋に切ないだけだ。 彼のさらなる死を仮定することによって、無というものの確かな存在を、私はいつになく身近に 感じ取ることができた。 手を伸ばせば実際に触れられそうなくらい。
休館日の翌日、私は添田さんのところに行き、 最近子易さんの姿を見かけましたかと小声で尋 ねた。彼女は顔を上げ、私の顔をまじまじと見た。 そして周囲を用心深く見回してから言った。 「いいえ、そういえばもう長いこと姿をお見かけしていません。これまでになかったほど長く …...あなたは?」
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