Created on September 25, 2023 by vansw
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もしれない。というか私は自分の話を、子易さんばかりではなく いや、むしろそれ以上に 少年に聞いてもらいたかったのかもしれない。
でもどうして?
どうしてか、その理由は私にも説明できない。 ただなんとなくそう感じただけだ。 純粋な好奇 心みたいなものかもしれない。 高い壁に囲まれた街の話を聞いて、 少年がどのような感想を持つ のか、どんな反応を示すのか、 それが知りたかったのかもしれない。
ふと思いついたように時折、一陣の冷ややかな風が墓石の間を吹き抜けていった。葉を落とし た木立の枝がひとしきりつらそうなうなり声を上げた。私はカシミアのマフラーを首にしっかり 巻き直し、空を見上げた。 冬の太陽は、精一杯の明るさとぬくもりを地上に投げかけていたが、 それだけではまだ足りなかった。世界は人々や、猫たちや、行き場を持たない魂たちは――― それ以上の明るさとぬくもりを求めているのだ。
イエロー・サブマリンの少年は、その月曜日の朝には子易さんの墓所に姿を見せなかった。 彼 は私の訪問(墓参り)の邪魔をしたくなかったのかもしれない。あるいは自分がその墓地を訪れ る姿を、ほかの誰にも見られたくなかったのかもしれない。だから時間をずらして午後に訪れる ことにしたのかもしれない。 あるいはより巧妙に姿を隠せる場所を見つけたのかもしれない。
私はいつものように半時間ばかりをその墓地で過ごし、それから引き上げた。そして例によっ て駅の近くの、名前を持たない「コーヒーショップ」に入り、温かいブラック・コーヒーを飲ん で暖をとり、例によってブルーベリー・マフィンを食べた。そして朝刊を読みながら、壁のスピ
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