Created on September 25, 2023 by vansw

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彼がそういう、判で押したように進行する日々の生活に満足しているのか、そこに喜びらしき ものを感じているのか、それは誰にもわからない。 少年の顔からは表情というものが読み取れな かったからだ。しかし日々の決まった行動パターンをひとつひとつ正確になぞって踏襲していく ことが、彼にとってはきっと大事な意味を持つのだろう。行為の本質や方向性よりは、反復その ものが目的となっているのかもしれない。


私はその翌週の月曜日の朝にも、子易さんの墓所を訪れた。 先週とまったく同じ時刻に。 そし て墓に向かって手を合わせ一家の冥福を祈ったあと、いつもと同じように墓石に向かって語りか けた。その週に図書館で起こったいくつかのささやかな出来事について、折に触れて心に浮かん だ様々な思いについて、そしてまた私が壁に囲まれた街で送っていた日々の生活について。 その 日は長らく空を蓋のように覆っていた雲が切れて、太陽が久しぶりに地上を明るく照らしていた。 解け残った数日前の雪が、墓地のあちこちにこわばった白い飛び島をこしらえていた。


私はぽつぽつと途切れがちに独白を続けながら、あたりに怠りなく注意を払った。しかし「イ エロー・サブマリンの少年」の姿はどこにも見えなかったし、誰かに自分が見られているという 気配も感じなかった。物音らしい物音も聞こえず、耳に届くものといえばいつもの冬の鳥たちの 啼き声だけだった。 彼らは墓地を取り巻く木立の中で、忙しく木の実だか虫だかを探し回ってい るようだった。ときおりキツツキが木を叩く音も耳に届いた。


少年の姿がどこにも見えないことで、私は少しばかり寂しい、物足りない気持ちになった。 彼 がどこかの墓石の陰に隠れて私の話に耳を澄ませていることを、心のどこかで期待していたのか


411 第二部