Created on September 25, 2023 by vansw

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ブマリン」は見つからなかった。ビートルズ関連の映画で棚にあるのは「ビートルズがやって来 る (A Hard Day's Night)」 と 「HELP!」だけだった。 念のために店員に尋ねてみたが、「イ エロー・サブマリン』は置いていないと言われた。私としては映画『イエロー・サブマリン』の どこがそれほどその少年の心を惹きつけるのか、それを少しでも知りたかったのだが。


少年は日々だいたい同じ服しか身につけなかった。 「黄色い潜水艦」 パーカか、そうでなけれ ば「ジェレミー・ヒラリー・ブーブ博士」 パーカ。そのどちらかだ。 そして色褪せたブルージー ンズに、踝まで包む黒いバスケットボール・シューズ。 それ以外の衣服を身につけていたのを見 た記憶がない。


くるぶし


しかし添田さんの話によれば、少年の家は裕福であり、また母親は末息子を溺愛しているそう だし、彼のために新しい清潔な服を買ってやるくらいは簡単にできるはずだ。だとすればそれら の衣服は少年自身が気に入って、自ら望んで日々着用しているとしか思えない。あるいは着慣れ ない新しい衣服を身につけることを、ただ頑なに拒んでいるだけなのか。そのへんの事情は私に はわからない。


彼はほぼ毎日同じ衣服を身に纏い、同じ緑色のナップザックを背負って開館直後の図書館にや って来た。 いつも同じ席に着いて、誰かと口をきくようなこともなく、そこにある本を片端から 読破していった。昼食はとらず、持参したミネラル・ウォーターを時折飲んだ。 そして午後三時 過ぎになると、本を閉じて席を立ち、ナップザックを背負い、やはり黙したまま図書館を出て行 った。その繰り返しだ。


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