Created on September 25, 2023 by vansw
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ここで猫を見るんです」
私は図書館の建物を出て、 玄関入り口から裏庭にまわってみた。 そっと足音を忍ばせ、気配を 殺して。 そして少年が縁側の前にしゃがみ込んで、猫の一家の様子を眺めているのを目にした。 少年はいつもと同じ緑色のヨットパーカの上に、紺色のダウンジャケットを着ていた。 そして身 動きひとつせず、一心不乱に猫たちを観察していた。 まるで地球の創世の現場を見守る人のよう に。そのいかなる細部をも見逃すまいと心を決めた人のように。
私は十分か十五分、太い松の幹の背後からそんな彼の姿を見守っていたが、そのあいだ彼はじ っと地面にしゃがみ込んだまま、姿勢を寸分も変えなかった。 閲覧室で読書に没頭しているとき とちょうど同じように。
「いつもああやって猫を見ているの?」と私はカウンターに戻って添田さんに尋ねた。
「ええ、たぶん毎日、一時間くらいは猫たちを眺めていると思います。 とても熱心に。 何かに集 中していると、雨が降っても雪が降っても、 風が切れるように冷たくても、ちっとも気にならな いみたいです」
「見ているだけ?」
部
「ええ、ただ見ているだけです。 触ったりはしませんし、話しかけもしません。 二メートルほど 離れたところから猫たちの挙動を見守っているだけです。 とても真剣な目つきで。 母猫は彼の存 在に慣れていて、そばに近寄ってもまったく警戒しません。 手を伸ばして触っても、きっと気に しないと思うのですが、そういうことはせず、距離を置いて一心不乱に見ているだけ」
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少年がそこから立ち去ったあと、私は裏庭にまわって、 彼と同じような格好でそこに座り込み、
第
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