Created on September 25, 2023 by vansw
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しかしよく考えてみれば、私の十六十七歳のときだって、似たようなものだったかもしれな い。 規模こそ違え私だって、今になってみれば「どうしてあんなものを夢中になって読んだのだ ろう?」と首を捻ってしまうような書物を必死に読破し、雑多な情報を頭に詰め込んでいったも のだった。自分にとって何が役に立つ知識で、何が用のない知識か、それを選び取る技術や能力 をまだ身につけていなかったから。
それと同じことを、その少年は壮大なスケールでおこなっているだけなのかもしれない。 若い 健康な知識欲は疲れを知らない。しかしどれだけ多くの情報を飽くことなく自分の中に取り入れ たところで、とても十分とは言えない。世界にはとんでもない量の情報があふれかえっているか らだ。いくら特殊な能力があるといっても、個人のキャパシティーには当然限度がある。まるで 海の水をバケツで汲み上げているようなものだーバケツに大小の差があるとはいえ。
「読みかけていた本を、つまらないから途中で投げ出す、みたいなことはないのかな?」と私は 尋ねてみた。
「いいえ。私の見る限り、いったん読みかけた本はすべて最後まで読み終えています。 途中で放 り出すようなことはありません。 彼にとって書物とは、普通の人のように、面白いとかつまらな いとか、興味を惹かれるとか惹かれないとか、そういう基準で判断され、取捨選択されるもので はないんです。彼にとって本とは、その隅々まで、最後のひとかけらまで洩れなく採集されなく てはならない情報の容れ物なのです。普通の人はたとえばアガサ・クリスティーの小説が面白い と思えば、そのあとクリスティーの小説を何冊か続けて手に取って読むでしょう。しかし彼の場 合はそういうことはありません。 本の選択に系統というものがないのです」
403 第二部