Created on August 29, 2023 by vansw
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おかたは根も葉もないものだった。溜まりについての話 (不吉な伝承)もそんな類いの脅しでは あるまいか。その溜まりは何はともあれ壁の外の世界に通じているわけだし、 もし街が住人を壁 の外に出したくないと思えば、そこに人を近づかせないための心理的な仕掛けを施すのもあり得 ることだ。そのようなおどろおどろしい話を聞けば聞くほど、私は溜まりに対してますます興味 を抱くようになった。 最後には君も根負けし、私と溜まりまで短い徒歩旅行(あるいは長い散 歩)をすることに同意する。
「ぜったい水辺に近づかないと約束してくれる?」
「近づかないよ。遠くから見るだけだ。 約束する」
「道は相当荒れていると思うわ。 崩れたりしているかもしれない。行き来する人はほとんどいな いし、私が最後に通ったのもずいぶん以前のことだし」
「君が行きたくないのなら、かまわない。一人で行くから」
君はしっかり首を振る。 「いいえ、あなたが行くのなら、私も行く」
どんよりと曇った午後、私と君は旧橋のたもとで待ち合わせ、南の溜まりに向かう。 君は手袋 をはめ、粗末な布で作った袋を肩に掛けている。 袋の中には水筒とパンと小さな毛布が入ってい る。これから休日のピクニックに出かけるみたいだ。かつて壁の外の世界で君と―あるいは瓜 二つの君の「分身」と―――デートしたときのことを思い出さないわけにはいかない。そこでは私 は十七歳で、きみは十六歳だった。きみはノースリーブの緑色のワンピースを着ていた。夏によ く似合う淡い緑色まるで涼しい木陰のような。 でもそれは別の世界、別の時間での出来事だ。