Created on September 21, 2023 by vansw

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寄り、裏庭にまわって猫の一家の様子を見た。 猫は雨風を避け、古い縁側の下にねぐらを据えて いた。誰かが段ボール箱と古い毛布を使って、寝床を作ってやっていた。 母猫は人間に対してそ れほど警戒的ではなく(図書館の女性たちが日々餌を与えていたから)、私が近寄っても、ちら りと目を向けただけで、とくに緊張するでもなかった。 まだ十分目の開いていない子猫たちは、 嗅覚を頼りに幼虫のように母親の乳房に群がり、母親は愛おしそうに目を細めて子供たちを眺め ていた。私はすこし離れたところからそんな様子を飽きずに眺めていた。


そして私はあらためて思い出した。 あの壁に囲まれた街では彼女が前もって教えてくれて いたとおり犬や猫の姿を一度も目にしなかったことを。単角の獣たちはいた。 夜啼鳥もいた。 しかしそれ以外の動物の姿を見かけたことはない(もっとも夜啼鳥は声を聞いただけだが)。い や、動物だけじゃない。 虫だって一匹も見かけなかった。 どうしてだろう?


必要なかったからだ、としか私には言えない。そう、あの街には必要のないものは存在しない のだ。 必要のあるものしかなくてはならないものしか、存在することは許されない。そしてこ の私もおそらくまた、その街に必要とされたものだったのだ。 少なくとも一時期は。


家に戻って、作り置きの蕪のスープをガスの火で温めた。 そして「イエロー・サブマリンの少 年」についてもう一度考えを巡らせた。 あの子はいったい何を目的として、月曜日の朝早く、子 易さんの墓所を訪れたのだろう? ただの儀礼的な墓参りだろうか (おそらくそうではあるまい と私の本能が告げていた)。 そして彼は知っているのだろうか? 子易さんの魂がまだ生死の境 目の世界に留まっており、ときとして生前の姿かたちをとって我々の前に姿を見せることを。


401 第二部